2009年03月23日

その七「雪柳」

saka9317-24
*2009.3.20 茶会記玄関先  Photo by Jiken

「幻想美〜往復書簡意義」

                             喫茶茶会記  福地

この画像は3.20祝日、茶会記ライブに立ち寄ってくださった
二健さんが撮影してくださった、茶会記玄関先の雪柳です。
背景色とのバランスがあまりに美しい。
雪柳の形は偶然の美しさですが、何故か自らが撮影できない。
灯台もと暗しなのかもしれません。
今回の二健さんの撮影で玄関先のポテンシャルに覚醒しました。
コラボレーション〜往復書簡は責任性の負荷分散のようで
徹底性に欠ける弱点もあろうと思いますが、利点は
今回の画像のような自己が認識していなかった身近なものの美を
喚起させてくれるということです。この驚きはありがたい。
しらなかった美を伝え合えればいいですね。
posted by samuraisakaiki at 11:29| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「その一」では、「枯れた花びら」という題でした。
今回の写真は、今盛りの生きた花びらに眼目があります。
どちらも茶会記さんで出会った花びらの有り様で、
印象深いものでした。この“印象深いもの”
いや、浅くても“感じたもの”が写真を撮らせ、
詞藻を紡ぐ動機となるのだと思います。

ここでの往復書簡は、福地さんか私のどちらかが
感じた写真を提示して、それに対して受け手の、
イマジネーションが湧き、あるいは触発されて、
エッセイや詩を書くという試みですね。
しかし、それ以外の進展を福地さんが指摘されました。

> 自己が認識していなかった身近なものの美を
> 喚起させてくれる

つまり「自己不認識なる身近なものの美を喚起」ということ。
私たちは素晴らしいものごとを、
見過ごしていることが多々ありますね。

灯台は独り立ち、遠くを見渡している孤高の働き者です。
闇に光を投げ、無償の労務に励んでおります。
足元は、私たちで照らしてあげましょう。
Posted by 二健 at 2009年03月25日 01:51
ありがとうございます。
茶会記のウェブサイトにも雪柳を植えた方に対しての礼節をもりこんでおります。

この画像は彼と二健さんの共同作品ですね。
http://sakaiki.ryojou.modalbeats.com/

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「ゆっくりとした藝術表現」
20090325

泉鏡花的質感。

茶会記前の「雪柳」を構想したのは
わたくしの仲間の一級建築士の方である。
なにも咲かない木が植えられたのは昨年の5月である。
即物的とは違うゆっくりとした藝術表現になる。
写真は新宿・Jazzbarサムライの二健さんが
撮ってくださったものである。
Posted by 喫茶茶会記 at 2009年03月28日 01:52
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