2009年04月13日

その11「生首」

二健の生首 by 福地撮影
*2009.4.12 茶会記のカウンターに晒された生首  Photo by Fukuchi


「インパクトについて」  by f.fukuchi

わたしはインパクト重視よりは「するめのように継続する感動」を
いろいろな藝術から求めたいと思っています。

しかし、わたしが写したこの生首はなかなかなものだと自負しております。
この写真はわたしが数枚とった中から二健さんがセレクトしてくださったものです。
わたしの好みと二健さんの好みがあったものでもあります。

この写真、正直インパクトを意識しておりますが
被写体にそれ相応の意志と形相があるので
するめモードになったのだと切に思った次第です。

なかなかドアップものはドキュメントで無い限り
被写体の作為性がばれ易く、でてしまうものですが
踏み込んで申しますれば
この画像での被写体は作為性をうまく隠匿されているといってよいでしょう。
それは被写体の度量によって可能とされるものと思います。
posted by samuraisakaiki at 13:04| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント


Jikenさんは、
絵になるオトコだものね・・・うふふ。

向かって右、茶褐色の瞳が特にいい。

鋭い眼差しは、ギラついた肉食系と云うよりも、
少し乾いた、鷹や鷲のような猛禽類の眼球ね。

福地さん、
しかと、観察させて頂きましたよ。

照れくさがって、
日ごろ、目線を合わせない方ですもの・・・。


追伸:今度、衣を脱いで頂いて、
   私、素描でもさせて頂こうかしら?(苦笑)

Posted by 摩有 at 2009年04月14日 07:40
皆様、ご注目と、ご感想忝いです。

あの日、あの時、あの器具、あの場での即興撮影でした。
閉会後の猪鼻氏が右から、隣席の役者氏が左から、
そして福地氏が正面から、数ショット撮って下さりました。
間近で強烈な青い光線を浴びせかけられて、
もはやあの世の人となった心持でした。
そうでなくても、猪鼻氏の舞踏と映像を見て
心が燃えて沸き立っていましたから…。
皆がチャンスを作ってくれた又とない有難い状況でした。
カウンターに晒した首だけの演技…
という様なものではないですが、なりきることに徹底しました。
経験上、強い光線がどのような造形を
作り出すかは想像出来ました。
撮られた映像を見せて頂くと、
思った通り以上のものがありました。

中でも、福地氏が取ったアップのこの写真は、
摩有氏が鋭くご指摘されているごとく、
瞳が生きたと手前味噌ながら感じました。
死の生首と生きている瞳。
「生と死の幻想」という
K.ジャレットのアルバムを想います。

追伸:(当日、開会前の雑談)
隣席の初対面の女性がセツ・モード〜ご出身ということで、
「私を画学生のモデルに推薦口利きしてくれませんか?」と、
冗談半分に言ったのでした。「振る(←フル)ヌードですよ」と、
釘を刺され、戸惑いましたが、「芸術のためなら…」と
娘が初めて脱ぐ時のような大義名分を口走ったのでした。
「どうせなら、モデルも画学生も全員脱衣して、
混浴状態のデッサン会にしたらいいんじゃないか?」と、
いつもの妄言がでて顰蹙を買ったのでした。

この年になって、撮る方でも撮られる方でも、
とにかくアートをしたいなという煩悩が強くなりました。
自分の目指すカテゴリは現代美術じゃないかと、
猪鼻氏の表現に接して気づきました。
勿論、茶会記さんのコンセプトの総合藝術にも影響されてます。
皆様のお陰で触発され、
今盛りのパンジーの顔のように綻んでおります。
Posted by 二健 at 2009年04月14日 19:30
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