2011年01月13日

その55「熱気」

hiraoka.jpg

茶会記201201228日記より

新宿往復書簡にピッタリの内容だと思い更新しました。
新宿サムライも強く関われていたのだと思います。



〜日本フリージャズの黎明期〜

日本フリージャズの黎明期においても
幾多の分野と同様、若き巨人達が隣接しあい切磋琢磨する構造がある。
副島カポネさんから教えていただき
ここで簡単に自分なりに展開してみる。文責はわたしである。

演奏者では
・吉沢元治
・高柳昌行
・富樫雅彦
・高木元輝
・沖至
・佐藤允彦
・豊住吉三郎
・山下洋輔
が黎明期の主軸(順不同・他にもいるかも)

論壇では
スイングジャーナル系と一線を画するフリー系として
・副島輝人
・間章
・平岡正明、松田政男
・清水俊彦の4系統がある(順不同・他にもいるかも)

平岡正明に至っては政治的な匂いが色濃くある。
政治思想と音楽が分断させられた昨今、音楽のパワーが失われている気がする。
答えのない政治信条や宗教ともろに連動するようなリスキーな
音楽の可能性の復権もこの際、予期したいと考えている。





posted by samuraisakaiki at 17:33| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いやはや、読書苦手で経験不足な私は平岡正明について語る資格はない。
1970年代中盤のサムライの二代目経営者の許で、
新宿ピットイン二階の表側にあったジャズ喫茶サムライで
時給350円のアルバイト、そして馘首〜出戻りを経て
雇われ店長をして小金を貯め、ニューヨークへ行って飲食店に就労一年半。
1978年にフリージャズのアルト奏者の鈴木正克氏から、
阿部薫の訃報を聞き驚いた。
日本にいたとき生演奏に接しなかったことを後悔。
同年末に帰国し、1979年5月に東南口の現サムライを三代目として開店。
1979年10月には平岡正明著『山口百恵は菩薩である』が出た。
御多分に漏れず読んではいない。
平岡正明著『日本ジャズ喫茶伝説』(2006.7)は以前、本屋で
手に取ってみたが、当店の扱いが小さいか、無かったかで買わず仕舞い。
これ程のお方の目に留まらなかった当店の存在は語るに及ばない。
日本におけるジャズシーン、特にフリージャズシーンや、
その60〜70年代の新宿とサブカルの時代背景に憬れ、
今でも憬れ続けているのが関の山だ。
論評は読書家の知識人にお任せしよう。

茶会記さんで生演奏に接した、板倉克行氏と加藤崇之氏、
路上で聴いた正田次郎氏ら、
現代日本フリージャズは健在であり地道に進んでいて敬服する。
Posted by 二健 at 2011年01月14日 02:13
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