2012年08月26日

その74「晩夏」

蚊遣り豚
*2012.8.24 茶会記玄関先の蚊遣り豚 Photo by Jiken

二週間ぶりに茶会記に訪れました。
お店の玄関に至るまでの石畳の路地が好きです。
四ッ谷の住宅街の奥まった処に店を構える茶会記は、特別な場所。
四ッ谷に住みながら、四ッ谷に縁のない私にとっては格別の隠れ家。
隠れ家なので、夜か深夜がいいのですが、
わがタツキと、先方の営業時間の関係上、
そのゴールデンタイムに進入することはままなりません。
したがって、わが始業前の夕刻にお邪魔することになります。

二週間ぶりに茶会記を訪れました。
玄関に至る路地では、トンボが三匹ほど飛んで、わが到来を迎えてくれました。
今年、初めて遭遇したトンボです。
今年、最初で最後のトンボとの出会いになるでありましょう。
そして、次なるお出迎えは、玄関先の蚊遣り豚君でした。
なんとも愛嬌のあるお顔で、大きく丸く開けたお口が、
寛容さの茶会記さんと瓜二つで、なんとも微笑ましく感じました。

ドアを引いて入店すると、当夜のライブの準備段階で、活気がみなぎっていました。
いつものカウンターの隅の席に座り、望むまでもなく掛かった
ディブ・パイケのベサメムーチョに聴き入りました。
マイ・フェヴァリット・アルバムが以心伝心、福地さんに伝わったみたいです。
そしたら、面識のある好印象の女性の常連さんが現れ、
暫し、隣町に新開店したバーの話をして下さり、
同業で惰性三昧の私は、背筋が正されました。

そしたら何と、次なるご来客の方は、前回、福地さんの紹介下で、
初対面ながら私が多々話込んでしまった処の元特攻隊員の閣下でありました。
大先輩の氏は、特攻のパイロットのみならず、終戦時の、
人間機雷「伏龍」のデザインと要員にもなられた経験の持ち主
ということを知らされ、恐れ入りました。
戦後は、横須賀で米軍の郵便の仕事をされた話など、感慨深く伺いました。
個人的には米兵も良い人だったそうです。
戦争と言う狂気の沙汰が人心を鬼に変えます。
しかし先の大東亜戦争における日帝は、不可避の防衛のための
戦争であったということを、私達は再認識しなければなりません。
後のマッカーサーが証言していることです。

昔の私なら、あまり興味のないカビの生えた話として軽んじてましたが、
今の私は、戦争の生き証人のお話など大変有意義で、
ありがたいお話しだと捉えられます。
閣下は、乗り込んだ特攻隊の訓練機のことを赤トンボと言われていました。
茶会記に至る路地で出会ったトンボらの飛翔は、
正にこれだったのかと、閣下と共に感慨一入でありました。

  英霊の赤い翼の蜻蛉かな  二健
posted by samuraisakaiki at 01:07| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
写真から得られる覚醒の凄さをさることながら

二健さんの文章に根源的な誠実さを感じます。
見た目怖いけど皆様誤解なきよう・・・♪

真摯に考えると
わたくしはいろんなことに対して
舐めている部分があるのではと自戒してしまいます。

二健さんに感謝申し上げます。

Posted by 福地史人 at 2012年08月26日 02:27
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