2012年10月12日

その76「俳ラ」

俳ラ19 ギネマ「蝿の唄」
*2012.10.7 「独演!俳句ライブ19」於JazzBarサムライ Photo by Jiken

年1回開催の俳句朗読の豊年祭「独演!俳句ライブ」、略称「俳ラ」、19回目。
初開催は1998.3.1だから、かれこれ14年半も続いていることになる。
今回は5人出演して、トリが、この俳ラの女王・ギネマ。彼女は連続出演している。
「蝿の唄」と題した自由律俳句の連作を演技しつつ朗読した。全ての回が快演だ。
本人が蝿に扮し、蝿の立場から人間界を諧謔する。その蝿は本人の原体験も投影している。
俳句と朗読と演技と格好、諸共に見事で、且つシンクロしていて一分の無駄もない。
俳ラ出演者の鏡だ。俳ラがいみじくも学芸会や演芸会に成り下がることを、
トリを勤めるギネマが救い続けている。過去において出演者は多様な顔ぶれに恵まれた。
しかし、俳ラの舞台と掟が性に合う人は稀で、一度か数度出演して去っていった。
このことは観客についても同様だ。一時は満席にもなったこともあるが、いつもは席が余る。
続いているツワモノ4名と初出演の西野りーあ氏で「俳ラ19」を祭り上げた。
ギネマを筆頭に土俗の色合いが濃厚で、
正に新宿のアングラ絶えずして、ここにありといった按配だ。

  秋の蝿どこにもいない家族を探している  ギネマ
posted by samuraisakaiki at 13:06| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
藝術表現を嗜む際の私の個人的な選択方法とは興味のあるなしではなくお客様としてお世話になっている方の表現を味わいにいくことにあります。

こんなことをいいますと小林秀雄先生から怒号されて失禁しそうになるかもしれませんが、これはゆるぎないわたしの意志です。

わたしにとって興味のあるなしは利己的でなんの基準を持ちません。

喫茶茶会記にお越しになり、あの空間に囲まれたわたくしと
御話させていただきなんらかの共有感覚を得た方の表現は
サムシングエルスがあると思っていて
それが興味のあるなしという思いを凌駕していると考えている為です。
それと同時に挨拶的側面があるということも無論否定しません。

上記意志の中、たまたま都合がついたため俳ラに参った私ですが
わたしは上記事由の他にもうひとつ個人的な動機があるのです。

それは、熱い70年代80年代初期を感じさせるあの空間とアングラな表現を味わうこと。そこにはクオリティの優劣なぞまったく意味しません。むしろ素人芸があった方がわたしの意図に沿っているものと考えておりました。

ところが俳句ライブ 通称 俳ラを見るにつれてどんどんそのクオリティの高さが現れました。
トリを飾ったギネマ(金曜日のサムライのスタッフもされている)に至っては自由律俳句の表現の粋を極め、普遍的領域まで到達している。
その下地には十年以上の積み重ね、キャリアがあり、かつ
そこには「寂しい女」という美学に近いものが
通奏低音としてありました。

いろいろな方にあの空間と感動を嗜んでもらいたいと思います。

喫茶茶会記 福地史人
Posted by 喫茶茶会記 at 2012年10月12日 15:07
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