2014年10月02日

その86「独歩」

芦刈純再出国パーティ
                                  *2014.9.27 茶会記 Photo by Jiken
芦刈再出国パーティへ
2014/9/27(土) PM11:00-AM5:00
四谷三丁目「茶会記」にて

深夜のライブパーティへ行ってまいりました。
参加予定28人のつもりで行ったら、
実際は、40人も若者が詰め掛けていて驚きました。
結果的に私ゃ、最高齢者でした。
ベース奏者の芦刈さんと、店の上田さん以外は、
ほとんど知り合いはいませんでしたが、
幕間に3人のツワモノと立ち飲み激論交わせました。
芦刈さんのコントラバス即興演奏のコラボ相手は、
三者三様のバリエーションに富み感性豊かで、
音響も身体表現も味わい深いものでした。
芦刈さんは、約一年前、愛器を携えて済州島、
台湾、
フィリピンなどへ旅立ち、
滞在中の台湾から、一時帰国されて、
古巣でのライブパーティでした。
10月上旬には、また旅立たれてしまいます。
3年から10年は日本に帰ってこないそうです。
現在のアジアの旅から、
ヨーロッパを目指すそうです。

コントラバスと一心同体独り旅

【出演】※リンクはfacebookの動画です。
・Jun Ashikari (Contrabass) 芦刈純
・Norihito Ishii (Buto) 石井則仁
https://www.facebook.com/video.php?v=818327484884022&saved
・Sungeun Jin (Hang drum)
https://www.facebook.com/video.php?v=818331751550262&saved
・Yugo Tanaka (Sitar) 田中悠宇吾
・Sayuri Iimori (Dance) 飯森沙百合
https://www.facebook.com/video.php?v=818334698216634&saved
posted by samuraisakaiki at 06:45| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月17日

その85「舞夢」

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photo by bozzo

パントマイムのバーバラ村田さん
新宿文化とも適合している。

喫茶茶会記は新宿文化熟成度に劣っていて
大先輩格サムライからいろいろなペーソスを感得したいと
考えている。
posted by samuraisakaiki at 11:24| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月19日

その84「哀悼」

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*2014.2.28自店 Photo by Jiken

2014.2.26 フラメンコ・ギターのレジェンド、スペインのギタリスト、
パコ・デ・ルシア(Paco De Lucia)が
メキシコで突然の心臓発作で死去。享年66歳。
愛聴盤の「幻」をかけて追悼しました。
1曲めの「二筋の川」からしてパコ節の本領発揮の名盤。
不運にも三途の川を渡る事となってしまいました。合掌
posted by samuraisakaiki at 07:56| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月04日

その83「画像」

写真.JPG先日開催されたジャズバー・サムライ俳句ライブ 正式名「俳ラ」
の収録ビデオ鑑賞会に行って参りました。
この画像はそのときの模様を撮ったものです。
ビデオ鑑賞ですがトリのギネマさんの演目が終わったときに拍手をしてしまいました。
感動の瞬間ってあんまり理屈っぽいこと考えてないのかもしれません。

posted by samuraisakaiki at 09:09| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月06日

その81「緊縛」

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有末剛 「緊縛夜話」 ポスター

新宿サムライ的風合もありますね♪

photo by Fukuchi 
posted by samuraisakaiki at 10:38| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

その80「遭遇」


相倉久人2013.1.31茶会記
2013.1.31/18:00「相倉久人氏と貴婦人」Photo by Jiken

1月末日の木曜日久しぶりに茶会記にお邪魔した。
偶然にも、当夜ジャズ評論系の会があるとか。
その参加者の皆さんが徐々にいらっしゃった。
なんと、卓越したジャズ評論家のベテランの相倉久人様がおいでなさった。
私は、幸運にも初めてご本人とお会いすることが出来た。
たくさんの書物を書かれているお方で、羨望の眼差しで遥拝した。
手元にある『新宿ピツトイン』は氏の監修本だ。
この本によって当店の長い歴史の初期を知ることが出来た。
淺川マキらが証言していて興味深い。
当店の前身の「新宿ピットイン・ティールーム」は、
1972年(昭和47年)に出来たのだそうだ。
1974.3に、店長の辰野氏(怪物さん)が、
店名を、ジャズ喫茶「サムライ」に変えた。
1〜2年後に経営者が変わって、新社長と縁故が合った私(24歳位)は、
社長の若奥様(ママ29歳)と、「サムライ」を引き継ぎ、素人同士で切り盛りした。
自給は350円で、コーヒーも350円だった。後に50円アップした。
やがてママは引退して、私が任され店長となった。
しかし、1年後にはN.Y.のレストランに就職が決まり、
盟友かつ同齢の緑川氏に「サムライ」運営を託した。
1年半後の1978年末に帰国し、又「サムライ」を引き継ごうとしたが、
ビル取り壊しと相成り、閉店を余儀なくされた。(現在は紳士服「青木」のビル)
私と緑川氏は、「サムライ」を復活させようと社長と掛け合って、
資金を高利ながら調達し、1979.5.27に、
今の、新宿三丁目の東南口・甲州街道沿いの
小さなビルの5階に再開店いることが出来た。今年でもう、ティルーム時代からは41年目、
独立してからは、34年目になった。
何時の時代も、ジャズの店舗の経営は楽ではない。
好きでやってる苦行のようなものだ。
好きこそものの続く也か。
古い形でのジャズ喫茶や飲み屋は時代に淘汰されてしまうが、
茶会記の総合藝術喫茶のコンセプトによる
良質なイベントやライブの文化活動は、
時代のニーズに適合しており、
こよなく愛し、利用されるアーチストに満ちている。
茶会記のカウンターに
お邪魔する都度感じていることだ。


茶会記のカウンターの隅に腰掛けて
おられるモナリザのような貴婦人は、
大層羨ましい借景を戴いている。

※2013.1.31〔日経平均1万1138円 /1ドル90円台後半〕
posted by samuraisakaiki at 19:58| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする