2013年03月21日

その79「結果」


3/1に東京新聞さんに大々的に取り上げて下さいました。!
先立つ幸福を御許しくださいと各位に申し上げたのですが
問い合わせ二件、客ゼロ。

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2013年01月11日

その78「取材」

「別冊アサ(秘)ジャーナル・クールジャパン総集編」2012.12.23-25:36〜Eで放送済
*2012.12.23 25:36〜E放映 TV取材 於JazzBarサムライ

久しぶりにTV取材を受けました。
またしても怪しい店として白羽の矢が飛んできました。
毎月第三日曜日の深夜にやっている、博物、秘宝、収集、
秘所、奇人らを紹介するサブカルチャーの番組です。
この時は総集編で、視聴率が二倍になったそうです。
その割には、お客さんが押し寄せて来ませんが、
後から、じわじわ来られることでしょう。
posted by samuraisakaiki at 09:10| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

その77「音盤」

うっかり更新を忘れていました閲覧各位にお詫び申し上げます。
※いるのかな〜
喫茶茶会記のメインディスクがこのアルバムです。
やっぱり根底にはいわゆる「ジャズ喫茶」
というものがあるのかなと考えています。
新宿サムライもジャズバーの先駆ですが
選曲の根底には「ジャズ喫茶」
があります。

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2012年10月12日

その76「俳ラ」

俳ラ19 ギネマ「蝿の唄」
*2012.10.7 「独演!俳句ライブ19」於JazzBarサムライ Photo by Jiken

年1回開催の俳句朗読の豊年祭「独演!俳句ライブ」、略称「俳ラ」、19回目。
初開催は1998.3.1だから、かれこれ14年半も続いていることになる。
今回は5人出演して、トリが、この俳ラの女王・ギネマ。彼女は連続出演している。
「蝿の唄」と題した自由律俳句の連作を演技しつつ朗読した。全ての回が快演だ。
本人が蝿に扮し、蝿の立場から人間界を諧謔する。その蝿は本人の原体験も投影している。
俳句と朗読と演技と格好、諸共に見事で、且つシンクロしていて一分の無駄もない。
俳ラ出演者の鏡だ。俳ラがいみじくも学芸会や演芸会に成り下がることを、
トリを勤めるギネマが救い続けている。過去において出演者は多様な顔ぶれに恵まれた。
しかし、俳ラの舞台と掟が性に合う人は稀で、一度か数度出演して去っていった。
このことは観客についても同様だ。一時は満席にもなったこともあるが、いつもは席が余る。
続いているツワモノ4名と初出演の西野りーあ氏で「俳ラ19」を祭り上げた。
ギネマを筆頭に土俗の色合いが濃厚で、
正に新宿のアングラ絶えずして、ここにありといった按配だ。

  秋の蝿どこにもいない家族を探している  ギネマ
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2012年09月23日

その75「水蚤」

20120919_88472.jpg*2012.9.16 坂田明サロン アフター・アワーズ Photo by fukuchi

新宿ジャズといえば
新宿ピットインが連想され
ピットインの前で頭から湯気がたっていた三人が
山下洋輔トリオでそのリードが坂田明さん。
明さんを私淑されているカールツァイス田中さんが
顕微鏡を持ちこまれてミジンコ鑑賞会の場面です。
初期ビットインの飲食部門が
現在のサムライ・二健さんの御店です!

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2012年08月26日

その74「晩夏」

蚊遣り豚
*2012.8.24 茶会記玄関先の蚊遣り豚 Photo by Jiken

二週間ぶりに茶会記に訪れました。
お店の玄関に至るまでの石畳の路地が好きです。
四ッ谷の住宅街の奥まった処に店を構える茶会記は、特別な場所。
四ッ谷に住みながら、四ッ谷に縁のない私にとっては格別の隠れ家。
隠れ家なので、夜か深夜がいいのですが、
わがタツキと、先方の営業時間の関係上、
そのゴールデンタイムに進入することはままなりません。
したがって、わが始業前の夕刻にお邪魔することになります。

二週間ぶりに茶会記を訪れました。
玄関に至る路地では、トンボが三匹ほど飛んで、わが到来を迎えてくれました。
今年、初めて遭遇したトンボです。
今年、最初で最後のトンボとの出会いになるでありましょう。
そして、次なるお出迎えは、玄関先の蚊遣り豚君でした。
なんとも愛嬌のあるお顔で、大きく丸く開けたお口が、
寛容さの茶会記さんと瓜二つで、なんとも微笑ましく感じました。

ドアを引いて入店すると、当夜のライブの準備段階で、活気がみなぎっていました。
いつものカウンターの隅の席に座り、望むまでもなく掛かった
ディブ・パイケのベサメムーチョに聴き入りました。
マイ・フェヴァリット・アルバムが以心伝心、福地さんに伝わったみたいです。
そしたら、面識のある好印象の女性の常連さんが現れ、
暫し、隣町に新開店したバーの話をして下さり、
同業で惰性三昧の私は、背筋が正されました。

そしたら何と、次なるご来客の方は、前回、福地さんの紹介下で、
初対面ながら私が多々話込んでしまった処の元特攻隊員の閣下でありました。
大先輩の氏は、特攻のパイロットのみならず、終戦時の、
人間機雷「伏龍」のデザインと要員にもなられた経験の持ち主
ということを知らされ、恐れ入りました。
戦後は、横須賀で米軍の郵便の仕事をされた話など、感慨深く伺いました。
個人的には米兵も良い人だったそうです。
戦争と言う狂気の沙汰が人心を鬼に変えます。
しかし先の大東亜戦争における日帝は、不可避の防衛のための
戦争であったということを、私達は再認識しなければなりません。
後のマッカーサーが証言していることです。

昔の私なら、あまり興味のないカビの生えた話として軽んじてましたが、
今の私は、戦争の生き証人のお話など大変有意義で、
ありがたいお話しだと捉えられます。
閣下は、乗り込んだ特攻隊の訓練機のことを赤トンボと言われていました。
茶会記に至る路地で出会ったトンボらの飛翔は、
正にこれだったのかと、閣下と共に感慨一入でありました。

  英霊の赤い翼の蜻蛉かな  二健
posted by samuraisakaiki at 01:07| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする